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#3【素敵なステッキ】

  • オクマサハル
  • 1月6日
  • 読了時間: 7分

更新日:1月17日

 先日、ステッキを購入しました。ステッキを購入したので、ステッキをついています。脚をケガしたわけでもなく、元気なのですがステッキをついています。俗にいう「元気杖(げんきづえ)」というやつですね。


 僕は以前からステッキに憧れがありました。いつか欲しいなと思っていて、本気で買おうと思って、どんなステッキが売っているのか調べたことも二度ほどあったのですが、ステッキを持っていなくても生活に支障が全くないので、今まで購入には至っていませんでした。ところが最近、ひょんなことからある帽子を手に入れて、僕のステッキ熱が再燃しました。

 それはどんな帽子かというと、昔ながらの宣教師が被る帽子のように頭頂部が丸くなっていて、『できるかな』でノッポさんが被っていた帽子ほどツバ部分が急降下していなくて、でもボブ・ディランがローリング・サンダー・レビューの時に被っていた帽子とは違ってツバの部分が下向きに下がっていて、ジョージ・ハリスンが『オール・シングス・マスト・パス』のジャケットで被っているのよりもツバ部分が少し小さいやつなんです。この帽子がなんとも僕のステッキスタイルのイメージにぴったりで、完全に3回目の「ステッキ欲しい期」がやってきたため、えいや!と清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入し、無事ステッキと共に着地することに成功しました。ステッキがあると安定するんですよ。


 そもそもなぜステッキに憧れがあったのかよく考えてみると、これといって強烈な何かがあるわけではありませんでした。朧げなイメージとして脳内に何人かステッキを持っている人=ステッキマンがいて、そこからくる憧れだったはずなんですが、改めて検証してみるととんでもないことがわかりました。

 まず初めに思い浮かんだのは、やはりボブ・ディランさんでした。高校生の時に見た映像で、あれは確か60年代にヨーロッパをツアーしているディランさんの映像で、ステッキを持ったオフショットを見た気がするのですが、調べてもなかなか見つかりませんでした。後にお年を召された状態でのステッキショットはいくつか確認できたのですが、僕の記憶の中にいる、若かりし頃のディランさんのステッキショットはなぜか見つかりませんでした。ですが、ステッキ関連で調べたほぼ全ての映像で、シルクハットを頭に載せていました。

 次はジョージ・ハリスンさんです。先ほど帽子の説明で出した『オール・シングス・マスト・パス』のジャケットでステッキを持っているイメージがあったんです。しかしよくよく確かめてみると、どのバージョンのジャケットでもステッキなんか持っていませんでした。せいぜい傘を持っているものがあるくらいでした。どのジャケットも帽子を頭に載せている写真でしたが。

 次に浮かんだステッキマンは、スナフキンさんです。ムーミンに出てくるあの人ですね。僕はムーミンのお話をきちんと読んだことはないのですが、有名なあのキャラクターの気ままな旅人の感じになんとなく憧れはあって、ステッキも持っているイメージがありました。しかしこれも確かめてみると、ステッキなんか全く持っていなかったのです。パイプをふかしたりハーモニカを吹いたりしている絵はたくさんあるのですが、ステッキなんか持っていませんでした。考えてみれば、スナフキンさんは北欧の山々を歩いて旅しているわけで、足腰がすごく丈夫なはずだし、気ままな旅人なので荷物も最小限にしているはずで、ステッキがあってもきっと邪魔だと判断したのでしょう。ステッキは持っていませんでしたが、全ての絵であの有名な大きな帽子を被っていました。

 なんと僕が思いついたステッキマンは全員ステッキを持っていなくて、全員帽子を被っていたのです。僕は本当はただ帽子が欲しくなっていただけで、そして帽子を手に入れて、その惰性でステッキを手に入れただけだったのです。これには腰が抜けるほど驚いて、ステッキがなければその場で転んでいたことでしょう。


 話は変わりますが、僕は高校生の頃、初めてのアルバイト代でレコードプレーヤーを購入しました。家の近くにはレコード屋さんがなかったので、通っていた高校の近くや、その沿線でレコード屋さんを調べては足を運んでいました。その時すごく驚いたのは、東京の街にはこんなにたくさんレコード屋さんがあるのか、ということでした。家の近くにレコード屋さんがなかったために、この世のレコード屋さんは絶滅しかけていて、ほとんど残ってないんだとさえ思っていました。

 当時あまりインターネットを活用していなかった僕はある日「神保町にはレコード屋さんがあるらしい」という、かなりぼんやりとした情報を元に神保町にいき、自分の足で歩いてレコード屋さんを探しました。神保町やお茶の水周辺にはレコード屋さんがとてもたくさんあって、実際には探すまでもなかったのですが。無数のレコード屋さんに遭遇した時は、それこそ本当に腰が抜けそうな思いをしました。情報がほぼない中で、なおかつこの世のレコード屋さんはほぼ絶滅していると思っている状態の高校生が、自力で無数のレコード屋さんを発見するのですよ? 思い返すと今でも体温が少し上昇するような気持ちになります。そしてその体験を経て以降は、渋谷を歩いても新宿を歩いても、レコード屋さんがある街では自然と看板が目に入るようになったのです。

 何が言いたいのかというと、レコードプレーヤーを手に入れて実際にレコード屋さんに行くという体験をすることで、知らない街でも、今まで歩いたことのある街でも、実はレコード屋さんはけっこうあるということに気付けるようになる、そういうアンテナを獲得することができたんですね。なんとこれと同じことがステッキでも起こったのです。


 僕はあまり活動範囲が広くないので、電車よりも自転車で移動することが多いのですが、そうなるとステッキを持った状態で自転車に乗ることになるのです。カゴにステッキを刺して乗ったり、ハンドルと並行にして両手でステッキを持ちながら乗ったり、色々と試行錯誤しているのですが、実際に自分がそういう行為をするようになると、街には同じような人がけっこういるということに気が付くんです。僕がコンビニから出ると、前から自転車のカゴに杖を刺したおじいさんがやってきたり、ライブハウスに向かう途中で、ハンドルと並行スタイルの持ち方で杖を運んでいるおじいさんとすれ違ったり。ある時、近所のスーパーの駐輪場でハンドルに杖をぶら下げたまま駐められている自転車を見かけた時は「うわっ」と声が出るほどでした。その杖の持ち主は自転車で移動して、杖なしで買い物しているということなので、果たしていつ杖をついているのでしょうか?

 とにかく、ステッキデビューをして以降、街でもよくステッキを見かけるようになったのです。というよりも、ステッキマンの存在に気づくアンテナを獲得できたのだと思います。


 僕は「元気杖」がもっと流行れば面白いなと思っていると同時に、今は流行っていないということも知っています。僕が街で目撃したステッキマン達は、みんな怪我や高齢のために足腰が弱っている方々ということになりますが、そういう方々が街にどれだけいるのか、ステッキ購入以前に意識したことはありませんでした。また、ステッキを持って電車に乗っていると席を譲ってくれる人にもちらほら遭遇します。もちろん僕は「これは元気杖なので大丈夫ですよ。」と断るのですが、殺伐とした世の中だと日々感じながらも、親切な人は思っているよりもいるのだなぁと気がつくことができました。


 レコード屋さんにしろステッキにしろ、「何かしらの経験を通して何かしらのアンテナを獲得する」というのはとても気持ちが良いものです。たとえそのアンテナがなんの役にも立たないとしても。

 

 もし読んでいて何か思うことがあったり、書いて欲しいテーマがあるという方は、このHPの問い合わせフォームからお気軽に送ってみてください。書けたら書きます。

(次回は1/20に更新予定です。)

 
 
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