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#1【原稿用紙はどこへ行った?】

 「文章を書く」ということをしてみたくなったけど、書くべきことが何もない。あぁそうか、今は「書くべきことが何もない」ことについての文章を書くべきなのか。


 今とほぼ同じ状況が、小学3年生か4年生の夏休みにあった。当時小学生が夏休みにするべきことなんか何一つなくて、ただその日の自分をどう楽しませるかということだけを考えて、夜になったら布団の中でその日にしたことを思い出しながら、明日は何をしようか考えて、気づくと眠っているというだけの日々だった。そんな一日を40回くらい繰り返すと二学期が始まるのだけど、夏休みっていうのはこれがまた長いようで短いようで、実は長いようで短く、やはり長いようで短い。ほとんどの小学生が永遠の概念と「光陰矢のごとし」という言葉を、その長くて短い夏休みに知るのだ。今の小学生は、いやもしかしたら当時の僕のクラスメイトも、塾の夏期講習やら習い事やらで忙しくしていたのかもしれないけど、塾もなく、プールにも飽きて暇を持て余していた僕は、無限に続いていく時間の中で「よし、小説を書こう」と決意した。理由はたぶん、無い。


 自分が小説家であるということが決まったので、早速ある日、早起きして近所の図書館までいき、受験生のお兄さんや、自分と同じく膨大な暇を持て余した老人に紛れて自習スペースの席に座った。持参したノートと鉛筆を机に広げたところで、二つの問題に気がついた。一つは「ノートが無地である」ということ。これはまだ小説家になったばかりの僕にとっては大問題だった。まず、文章を縦に書くべきか横に書くべきかが分からない。文字の大きさもどのくらいで書くのがちょうど良いのか分からない。読書感想文などで使っていた原稿用紙なら文字のサイズも決まっているし、書き方の作法もわかるのだが、目の前にあるのはフリーダムすぎる真っ白い紙だった。それを見つめながらもう一つの衝撃の事実に気がついた。それは「書きたいことが何もない」ということだ。小説を書くためには、どうやら紙と鉛筆が必要らしいというのは事前に見当がついていたのだけど「書きたいこと」が必要だとは気が付かなかった。


 結局、試行錯誤の末に「めちゃくちゃちっちゃい文字で縦書き(長編小説の予定だったので)」ということを決め、なんとか捻り出した「ある日主人公が道を走ったら喉が渇きコーラを買って飲んだ」というストーリーを二行くらい書いて、小説家の夢は挫折することになった。


 今の僕は当然小学生ではないので、小学生よりはやるべきことが色々とあるはずなのだけど、なぜかまた頼まれてもいない文章を書こうとしている。今回は小説ではないけど「書きたいことが何もない」という事実にパソコンの画面を開いてから気付き、愕然とするという状況は小学生の時とほぼ変わらない。当時と大きく違うことは、書きたいことがなくてもこうやって文章を書けてしまっているということだ。なぜだろう?


 「会話は言葉のキャッチボール」なんていう有名なスローガンがある。つまるところそれはコミュニケーションってことで、コミュニケーションって何かといえば、それはやはり心と心のキャッチボールなのだ。会話だけでなく、小説家が小説を発表したり、音楽家が音楽を発表したり、画家が絵画を発表したりする、その「発表」も全部、世の中とのコミュニケーションじゃないかと思う。それを「自己表現」と呼んでしまえば、個人的な、孤高の、周りに左右されない活動のような印象を持てるけれど、やっぱりリアクションがあった方が楽しい。楽しくないことはなるべくやりたくない。僕はバンドで音楽活動をやっているけれど、リアクションがないと本当につまらない。それはなんというか、ただ感想を聞きたいとか、批評されたいっていうことではなくて、なんとなく心のキャッチボール感を感じていたいからなんだよなぁ。おそらく芸術の話となるとまた別で、「他人の評価は一切関係なく、本当の己自身と向き合え」みたいなことがあるのかもしれないけど、そういうセリフが似合うほど髭がモジャモジャに生えているわけではないし、こっちは「今日なにして遊ぶ?」的な夏休み生活の延長線上にいるわけで、やはりこちらが投げたボールを受け取ってくれる存在が必要なんだ。


 そして翻ってこの試みについてなにを言いたいのかというと、この文章活動に関してだけは「心のキャッチボールとは別の何か」を目指しているということ。言ってみれば、寝っ転がって天井に向かってボールを投げる、アレ。まっすぐ投げると、まっすぐ落ちてくる。落ちてきた球は自分でキャッチする。変なところに投げちゃうと、キャッチ出来ずにボールは床に落ちる。でも別に良い。元々これに意味ないし。


 自分で投げて、自分でキャッチして。繰り返してるうちに、なんか面白いことを思いつくかも。そしたらまた新たな方法で自分を楽しませることができるかも。そういう地点を目指した文章を、気ままに書いていこうと思っています。とはいえ、ここまで読んでくれてありがとうございます。無目的なこの文章を誰かがキャッチしてくれたなら、そういうキャッチボールも面白そうだ。

 

 もし読んでいて何か思うことがあったり、書いて欲しいテーマがあるという方は、このHPの問い合わせフォームからお気軽に送ってみてください。書けたら書きます。

(次回は12/23に更新予定です。)

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