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#12【ミックジャガーのイェー!】

  • オクマサハル
  • 5月26日
  • 読了時間: 4分

 君はミックジャガーのイェー!を聴いたことがあるか? それを聴くと、もし彼の顔を見たことがないとしても、絶対に口が大きいってわかるんだ。あと全部の文字に濁点が付いてるんだ。そして、ロックバンドのボーカルに必要な要素ってこの2つだけだということが君にも分かる。〈口が大きそうに聴こえること〉と〈全部の文字に濁点をつけられること〉の2つ。


 ロックバンドのボーカルは「イェー!」だけでこの世の全てを無効にすることができる。どんな悲しみも不条理も無かったことにできる。楽器ができなくても、良い歌詞が書けなくても、画期的なコード進行を発明できなくても、給食を食べるのが遅くても、リレーの選手に選ばれてなくても、車の免許を持ってなくても、UNO!って言い忘れていたとしても、「イェー!」で全てが無効になり、君はOKとなる。だって「イェー!」だよ? もし君がミックジャガーのイェー!を聴いたことがないと言うなら、YouTubeでもサブスクでも良いからとにかくミックジャガーのイェー!を聴いてみてほしい。もしインターネットをやっていないと言うのなら、うちまで来てくれれば大音量でレコードを聴かせよう。でも、インターネットをやっていないんだとしたら、どうやってこの文章を読んでいるんだ。


 僕はなんと、決しておじいさんではないにも関わらず、ローリング・ストーンズをこの目で観たことがある。これは本当に人生の宝物で、永久にピカピカに自慢できることなんだ。僕がストーンズを生で観たことにより、ひ孫の代くらいまで、甥っ子とか姪っ子も含めて、とにかく全部OKとなる。それは僕が高校2年生の終わり頃で、ストーンズは東京ドームで3日間のライブをするということだった。僕は親にお金を借りて2日間行った。


 当時僕はすでにストーンズを大好きだったとはいえ、まだまだ聴いたことのない代表アルバムがいくつもあった。当時きちんと聴きこんでいたと言えるのは『メインストリートのならずもの』とベスト盤の『ホットロックス』『モア・ホットロックス』、そして高校の図書館にあった『ホワイル・ザ・ウィンドウ・ブロウズ・オーバー・トロント』という2枚組のブート(海賊盤)くらいだ。当時はブートなんていう概念を知らなかったし、明らかにバンドの音が遠くて、客席の歓声の方が大きい謎のライブ盤を、そういうもんだと思って聴いていた。あとはレコードを買い始めた頃に買ったよく分からないライブ盤とか。そんな訳で、東京ドームのライブも、聴いたことのないヒット曲がたくさん演奏されたってわけなんだ。でもそんなことはどうでも良いことだった。


 僕は3日間の公演のうち、たしか初日と3日目に行った。初日と2日目だった気もする。どちらにせよ、初めて自分の意思で行く巨大なコンサート。なんかの間違いで最前列とかだったらどうしようと思いながら席を探したが、結局たどり着いたのは、東京ドームのこんなところに座席があったのかというほど遠く、最も上の方の席だった。当然オペラグラス的なものを持参するほどライブ慣れしていないので「これじゃあ米粒以下じゃん。」と思ったが、距離は全く関係なかった。その日の1曲目は当時一番好きだった『一人ぼっちの世界』(Get Off of My Cloud)だった。でもそれも全くどうでも良かった。だってミックジャガーの第一声が「イェー!」だったから。イントロが始まるか始まらないかの時に、変な歩き方で登場して「イェー!」って言ったんだ。その瞬間からコンサートが終わるまで、涙がずっと止まらなかった。人体のほとんどは水で出来ているって本当なんだって分かるくらい。正直それ以外のことはほとんど覚えてない。


 おかしなことなんだけど、まず学校でストーンズをこんなに好きなやつなんて他に見つけられなかったし、東京ドームが満杯になるほどのファンが日本にいるってことも知らなかった。偶然僕はストーンズと直接繋がっているだけで、ほとんどの人はその存在も知らないんだって、バカみたいだけど本当に思ってた。だから東京ドームにたくさんの人が集まっていて、びっくりした。「俺以外にも観に来る人がいるんだ」って思った。そしてその一番遠くの席から、僕とストーンズは直接繋がったんだ。僕は5万人のうちのひとりだったかもしれないけど、ミックジャガーは僕だけのためにイェー!って言った。本当に。それは、5万×1じゃなくて、1×5万、そんな感じ。伝わるかな。


 当時、同級生が部活やら塾やらで忙しくしてる間、家で60年代のライブ盤を繰り返し聴いていた。この目で彼らを観るなんてことは妄想の世界の話だった。だって50年も前のバンドだぜ? リアルタイムでその興奮を味わえないことや、それを共有できる友達がいなかったことに若干の寂しさとかもあったのかもしれないけど、でもとにかく目の前で(実際はすごく遠かったけど)ミックジャガーがイェー!って言って、全てOKになった。ミックジャガーのイェー!を聴いて以降の人生、全てがOK。君がOKになりたいなら、今すぐに聴いてほしい。これは本当の話だ。

 もし読んでいて何か思うことがあったり、書いて欲しいテーマがあるという方は、このHPの問い合わせフォームからお気軽に送ってみてください。書けたら書きます。

(次回は6/9に更新予定です。)

 
 
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