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#19【アンチ知識の向こう側】

  • 2月9日
  • 読了時間: 2分

 「知っている」ということがダサいと思っていた。それよりも「分かる」の方が数段かっこいい。「分かってないのに知っている」のと「知らないのに分かる」なら迷わず後者を選びたい。だから俺は、いつからか知識が増えることを拒んでいた。何かに詳しくなっていくことをやめて、ただ心を開いたり閉じたりしながら、自分の心を耕せれば良いと思っていた。たまに引っかかったものごとが小さな実となって、揺るがない知識になれば良いと思っていた。


 東京タワーが333メートルあることを知識として知っているより、タワーの真下に立って「高い!あと赤い!」と思いたいし、富士山が何メートルか知っているより、目の前の山に対して「高い!っていうかでかい!あと空気がおいしい!」とか思いたい。そんな感じで生きていたら、俺はどんどんバカになってしまった。運転免許は何回か更新したけれど、ほとんどの道路標識の意味を忘れてしまい、雰囲気で運転している。小学校で習う漢字すら忘れてしまって、「漢字」というより「感じ」で書いている時の方が多い。それはふつうに、あんまり良くないことだとも思っているけれど。


 自分がアンチ知識に傾いたのは、インターネット時代に生きていることが原因だと思う。それはネットで検索すれば何でも知った気になれることに対する、単なる天邪鬼なのかもしれない。どうせネットにあるなら、俺の中になくても良い。俺の感性は調べても出てこないんだし。


 YouTubeやSNSでは「自分よりも知識の浅い人」への情報発信ばかり目に付く。上には上がいる理論の逆で、下には下がいるということにするなら、そりゃあ誰でも即席の先生になれる。他人よりも高いところに行きたいだけで、君は頂上を目指しているわけではないのか。俺はそういうやつとはさようならだぜ。


 そんな数年間を過ごしてきたけれど、寄せては返す波のように押したり引いたりしながら、価値観には揺り返しがある。俺はいま、知識が欲しい。知識と感性はケンカしないことがわかり始めたから。


 “Don’t think, feel.”の時代が幕を下ろし、これからは”Think,feel.”の時代が始まるんだ(俺の中でね)。考えて、感じて、その先に何があるのか。画面越しのインターネッツワールドじゃなくて、俺はそれを手に取るようにわかりたい。だから、いまは何もかも知りたいんだ。

 もし読んでいて何か思うことがあったり、書いて欲しいテーマがあるという方は、このHPの問い合わせフォームからお気軽に送ってみてください。書けたら書きます。

 
 
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