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#20【うそ、フォント】

  • 2月23日
  • 読了時間: 3分

 昨今はインターネットで文章を発表するのがとても流行っている。自分の頭の中を文字に起こして、世の中に一石投じたりとか、天井にボールを投げたりしている。


 僕は「他人に興味がなさそう」と言われることが確かに多いけれど、身近な人や見知らぬ人がネット上に発表した文章を読む機会は意外と多い。自分がこの『天井に投げたボール』を始めてからは、頑張って書いた文を誰かに読んでもらえると嬉しいという気持ちがよくわかるので、SNSで「文章書いたので読んでくださ〜い。」みたいなやつが流れてきたら、誰であろうがなるべく読むようにしている。そしてそのほとんどがとってもつまらない文章なので、毎度「あぁ、とてもつまらない」と思う。「こんなにつまらないのに、なぜこれを人に読んで欲しいと思うのだろう?」と思う。ただ、別に時間を無駄にしたとは思わない。皆さんの書く文章がつまらないことを確認できるので、僕も安心してつまらない文章を書いて、世の中に公開することができるのだ。


 なぜつまらない文章を世の中に公開することが流行っているのか? その理由のひとつは「字が下手なことがバレないから」だと思う。


 つまらない文章だとしても、印刷物やディスプレイ上に活字として並ぶと、なんだか立派っぽいことを言ってるっぽい雰囲気になるっぽい。丸ゴシックならポップなことを、明朝体なら正確な、または文学的なことを語っているように見えやすい。まるで字のルッキズムだ。字のデザインは文章の中身とは関係ないし、メガネをかけている奴が全員ガリ勉とは限らない。ただ、これは活字の場合であって、手書きだと事情は変わる。


 紙に手書きで、カッコつけた自論を書いてみても、読み返してみたらまず自分の字が下手すぎて「俺みたいな字の下手な人間が何を偉そうに語っているんだ」という気持ちになり、慌てて消しゴムでぜんぶ消しているうちに紙が破けて、「所詮俺の人生はこんなもんさ」という気持ちになり、頭から灯油を浴びて原稿用紙と自分にマッチで火をつけるに決まっている。燃えさかる炎の中で「次の人生ではうその文章は書かないぞ」と誓うだろう。あと、メガネをかけている奴は全員ガリ勉に決まっている。手書きならそういうことになる。


 書けない漢字をタイピングして、学者や文豪とお揃いのフォントで調子に乗って書いた、うそまみれの文章を、ぜひ手書きで書き直して自分で読み直してみたらどうだろうか。さして新しくもない意見を、自分なりの角度みたいな雰囲気で世の中に発表する気持ちはなくなると思うぜ。自分の内側にあるほんとのフォント(手書き)で書いてみて違和感のない文章だけが、嘘のない文章と言えるんじゃないだろうか? キーボードやスマホ画面をぽちぽちとタイピングした文章に心なんか込められるはずがない。


 そう、だから俺は『天井に投げたボール』は絶対に手書きでは書かないと決めているんだ。こんなものに心を込めてたまるか。(iPhoneから送信)

 もし読んでいて何か思うことがあったり、書いて欲しいテーマがあるという方は、このHPの問い合わせフォームからお気軽に送ってみてください。書けたら書きます。

 
 
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