#21【サバイバルトーキョー】
- 6月22日
- 読了時間: 5分
東京の人間は冷たいという。東京の街はコンクリートジャングルなのだという。俺は「うん、そうかもしれない」と思いながら「そんなことないよ」と言った。
東京都に生まれついて、30年くらい経った。出身地に関する話になると「え~、東京出身って、シティボーイじゃーん」といういじりを受けることがままあるが、それを言われると返答に困ってしまう。なぜなら彼らが俺の地元にやってきても、案内できる行きつけの店はブックオフとマクドナルドだけだからだ。スイーツ屋さんと美容室ばかりの街に生まれ育ったが、お煎餅を食べてセルフで髪を切っていた自分にはどちらも縁がなく、気づけば「シティボーイ」なんて言うほどのオシャレ感を持ち合わせることもなく大人になった。字面的には「東京都くん」くらい間が抜けている方がちょうど良さそうだ。
「え~、東京出身って、東京都くんじゃーん」
まぁ、それはそれでなんか背負うものがでかすぎる気もする。
しかし、そうは言っても30年間東京都をサバイブしてきた男としての自負はある。排気ガスで皮膚はねずみ色になり、飛び交うインターネット通信が体を貫き、全身がハチの巣状態だが、こうして元気に生きている。ドデカミンを110円で売っている自販機を知っているし、その精神的余裕から、逆に140円で売っている強気な自販機でドデカミンを買うことすらある。オシャレ雑誌に地元が特集されていてもビビらないし、掲載されている店を一軒も知らなくてもビビらない。俺はその街の中に120円で大きなペプシを売っている自販機を知っているからだ。あとドデカミンは飲み口の直径が大きいので飲みやすいよね。
そんな風に力強くコンクリートジャングルを生き抜いているこの俺にも、圧倒的な不安感に苛まれる瞬間がある。それはコンビニのコーヒーを買ったときだ。レジでコーヒーのカップを購入して、最先端のマシーンにカップを置いて、場合によっては濃さを選択して、出来上がるのを待つ。そこまでは何もビビらない。どっしりと構えて、目を見開いてマシーンを見つめている。しかし、コーヒーが出来上がって、マシーンからカップを取り出した後で、毎回戦慄している俺がいる。あれって、フタを取り付けるのが難しすぎないか?
世の中がクレーマーだらけになって、あらゆる商品のパッケージに、書く必要の無い注意事項が羅列されるこの時代に、コーヒーのフタを取り付ける瞬間だけユーザーに未来を託しすぎている。あの瞬間、人間はあまりにも無防備だ。
まず、フタのシステムとして、ペットボトルのフタのようにクルクル回さずに圧力で押し込む必要があるのに、カップは薄くてソフトだ。上から強い力で押し込んだらカップごとグチャッと潰してしまいそうだ。だから横からしっかりとおさえようとするんだけど、あのカップは横からの圧力にはさらに弱い。しっかりと押さえすぎると横からグチャッと潰してしまいそうになる。あとコーヒーがとっても熱い。ソフトな握力かつ、しっかりめのホールドを意識して手のひら全体で握っていると、即座に火傷しそうになる。このあたりでもう俺の心がグチャッと潰れてしまいそうになる。ただ、中にコーヒーが入っている以上、必ずフタをしっかりしないと店を出て歩き始めるわけにはいかない。だからどこか安定したテーブルみたいな場所で落ち着いてフタをしたいんだけど、その場所がない。よくわからない小さなゴミ箱の上が「フタ装着用スペース」みたいな顔してるけど、誰があんなのを信用できるでしょうか? あれは必ず少し斜めだし、必ず力を入れづらい高さだ。つまり、不安な状態のままフタのついてない熱いコーヒーを片手に呆然としてる時間が必ず発生するのだ。そんな時にラグビー部員にタックルされたらひとたまりもない。何がコンビニエンスストア(便利な店)だ。身もフタもないとはこのことだ。
実際に、早朝の渋谷のセブンイレブンでコーヒーをぶちまけたことがある。フタを取り付けようと努力したが、その甲斐虚しく、斜めのゴミ箱の上からカップが転げ落ち、床一面にコーヒーがこぼれた。東京都出身の俺はコンクリートジャングルの厳しさをよく知っているので、そのまま明治通りと青山通りの交差点にある渋谷警察署に自首しに行こうとしたが、店員に呼び止められた。名札にカタカナが一文字だけ書かれた外国人の店員さんが、新しいカップを無言で渡してきた。笑顔でもなく、完全な無表情だったのがやけにリアルだった。東京都出身の俺はコンクリートジャングルの厳しさをよく知っているので、選択の余地無くまた料金を請求されるのかと思ったが、彼はそのままバックヤードへ戻ってしまった。あっという間の出来事に「ありがとう」もちゃんと言えないまま、俺は2杯目のカップを手にしていた。完全にアンフェアトレードコーヒーだった。コンクリートジャングルで不意に人の優しさに触れた俺は、彼に「二代目東京都くん」の称号を授けようと思った。肩の荷が降りた俺は、軽い足取りで帰路についた。
これからは、東京の人間は冷たいと言われても「そんなことないよ」と思いながら「そんなことないよ」と言えそうだ。セブンイレブンの彼が外国生まれだとしてもだぜ。
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