#25【割れた頭】
窓ガラスに汚れがあって、それを手で拭おうとするけれど、取れない。汚れは窓の外側に付いていたのだ。外側についている汚れに気がつき、しかし内側を拭いてしまったので、さっきよりもはっきりと汚れを見るはめになった。すぐそこにあるのに、世界で一番遠いような場所で、汚れはまだそこにいる。
うるせぇ、と思ったので、俺はそこに置いてあった灰皿で窓ガラスを割った。ガラスは割れて、内側も外側も混ざり合い、床と地面に散らばった。さっきまで灰皿を灰皿たらしめていた山盛りの吸い殻は空気中に舞い上がり、ニュースでたまに見かける、爆竹を打ち鳴らし続ける中国のお祭りの余韻のような光景を見せてくれた。足元を見ると灰皿は傷一つなく、上下さかさまだが、黙っている。それを拾い上げてタバコに火をつける。吸い込む、吐き出す、考える、吸い込む。
昨日、20年ぶりに図書館に行き、本を借りた。閉館15分前に滑り込んだその図書館は、一年以内に新しく出来上がった建物らしく、清潔で綺麗だった。温度も湿度も管理されているであろうその空気を吸うだけで、知識が肺から毛細血管へ染み渡り、賢くなれそうな気持ちになった。俺の知っている図書館の空気は、もっとジメジメしていて、いくら吸ってもただ無口になるだけだった。子供だった俺は、冷たい鉄の書架に管理する側の秩序のみによって並べられた本の中を、便意と共に短い時間歩くだけだった。ここは通路も広く、本も探しやすい。Wi-Fiもある。俺は新しい図書館の快適さに、平成時代の記憶はもうしっかりと古くなったのだと知らされながら、貸し出しを受けるために20年ぶりの「世田谷区立図書館 共通利用カード」を作った。まだ新しい木の匂いのするカウンターから、20年前と全く変わらないデザイン、質感のカードを渡された。思い出す。記憶はどんな本よりも鮮烈だった。
考える、吐き出す。ガラスのない窓はもはやただの枠で、だからといってそれだけで風がビュービュー吹いてくるわけでもない。なんの遮りもないと曇り空さえ眩しいのだと、分かったと同時に、俺が吐いた煙は、枠から、はみ出した。
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