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#5【蒸発する夏(詩)】

  • オクマサハル
  • 2月10日
  • 読了時間: 3分

 こんにちは。2月になりましたね。とても寒いので夏の話をしましょう。


 「夏と冬どちらが好きか?」という質問がある。インスタントな会話をする時には便利な話題なので、僕もたまにこの話題を持ち出すことはあるけれど、実際に話してみると「夏と冬どちらが好きか?」ではなく「暑いのと寒いのどちらに耐えれるか?」という内容になることが多くて、あまり深まることはない。では夏っていったい何なのか。


 夏。ジリジリ、もわもわ、だらりだらり。体温よりぬるい風。「暑い」という言葉では表現しきれないあの感じ。暑さの、それ以外の部分。「うだるような暑さ」と言う時の「うだる」ってなんだろう。調べる元気も出ないくらいの暑さ。なんだ、夏ってただのイメージか。


 僕は小学生くらいの頃は夏が好きだった。夏には夏休みがあるし、プールも好きだった。高校生くらいになると、夏が嫌いになった。何をしても汗をかくし、何もしなくても汗をかくから。今はもう好きとか嫌いとかわからなくなった。夏について考えると脳みそが蒸発してくる。どうして?と聞かれてもわからない。脳みそが蒸発してしまったのだから。そのうち身体もぐにゃぐにゃになって、僕は夏のイメージの中に沈んでいく。


 18回目の夏が過ぎたあたりから脳みそが蒸発していき、頭の中から夏のイメージが少しずつ失われていくなかで、様々なものから夏を補充する必要があった。ジャック・ケルアックの『路上』を読み、アメリカの荒野でガソリンと砂煙の匂いを嗅いだ。『風街ろまん』のレコードを聴き、昭和の東京で日に焼けた扇風機と古い畳の匂いを嗅いだ。開口健の『輝ける闇』を読み、ベトナムのジャングルで汗みどろになって、火薬と静寂の匂いを嗅いだ。どの物語も自分の体験ではないのに、匂いは体験そのものだった。


 『輝ける闇』の中にこんなセリフがある。

「もし書くとすれば匂いですね、いろいろな物のまわりにある匂いを書きたい。匂いのなかに本質があるんですから」


 文字なのに、音なのに、そこから確かな匂いがする瞬間がある。そういう時、素直にすごいと思う。考える前に分かる。理解する前に心が動く。知識も経験もいらない。それが欲しい。


 匂いはダウンロードできない。映画や音楽はダウンロードできる時代になった。いや、できてるのか? ダウンロードしたはずの、映画や音楽だと思っていたものは、単なる映像や音声だったのかもしれない。それなら要らない。


 未だに夏のことが好きなのかわからないまま、また夏が来るのを楽しみにしている。たぶんこれを繰り返して、また夏が伝説になっていく。

 

 もし読んでいて何か思うことがあったり、書いて欲しいテーマがあるという方は、このHPの問い合わせフォームからお気軽に送ってみてください。書けたら書きます。

(次回は2/24に更新予定です。)

 
 
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